ごあいさつ

山下 大喜 牧師
ホームぺージを御覧くださり、ありがとうございます。
私はクリスチャンの両親に育てられましたが、20歳までは無神論の立ち場でした。そんな私が親しい友人に昔通っていた教会へ誘われたのがきっかけで聖書の神の存在を知った時、人生が大きく変わりました。
天地創造の三位一体の神は生きておられます。私たち人間はこの神の御前に大変汚れた存在です。沢山の罪を犯してきたからです。
しかし、すべての罪を贖い、赦すために父なる神は救い主イエス・キリストをこの世界に送って下さいました。愛と正義と聖さにあふれる神の導きに委ねて生きる人生にこそ、本当の幸いがあります。
1982年生まれ、大阪府四条畷市出身
2008年、関西聖書神学校卒業
2009年~池田中央教会・垂水教会に伝道師として奉仕
2012年~宇都宮共同教会
2018年~服部喜望教会へ赴任、現在に至る
小学~大学まで、野球・サッカー・アメフトをしました
趣味は読書・ギター・サッカー・海釣りです
山下 愛 副牧師
1985年、神奈川県横浜市生まれ。イエス・キリストを信じ、
1991年5月12日、横浜上野町教会にて洗礼を受ける。
東京基督教大学神学部神学科卒業後、伝道師となり、
新潟→結婚して栃木→今に至る。
絵本画家としての作品「ことりのピピとじょうろくん」(みらいパブリッシング)
https://miraipub.jp/books/10379/
わたしがクリスチャンになったきっかけ(山下大喜牧師)
私はクリスチャン家庭で生まれ育ちました。毎週日曜には信仰熱心な両親に連れられて、近所の教会へ必ず行きましたが、日曜の少年野球の試合に出るようになると教会から次第に離れていきます。13歳で洗礼を受けますが、それ以降、20歳まで、ほとんど教会へ行かず、神様の存在すらわからなくなりました。ですが、幼い時から教会学校で一緒だった友人に何度も日曜礼拝に誘われたのが、神様のもとへ帰るきっかけになったのです。礼拝の中で、心が温かくなり、聖書の神様が私に触れてくださっているように強く感じました。大学のアメリカンフットボール部を退部した20歳の時に、神様の存在を知り、神様が願われる聖書の教えに従いたいという強い意志を持つようになりました。そして、聖書を読みあさる日々が始まります。創世記から順番に通読していくと、自分の罪が示されて、神様は私に怒っておられると思うようになりました。
そんな自責の念に苦しみながらも、教会に通っていると、当時大変お世話になった牧師が「大喜、どうしたの?」と声をかけて下さったのです。私は、自分が神様の前に罪人であること、その罪によって今苦しんでいることを打ち明けました。すると、牧師が「大喜、あなたはまだイエス様の十字架の赦しをちゃんと信じていないのですか?」と言われたのです。「イエス様が、大喜の全ての罪の呪いを身代わりに受けてくださったのだよ。そして、あなたの代わりに処罰されて、十字架で死なれ、三日目に復活されたのだ。あなたはその事を信じなさい。信じる者は救われるという神様の約束を受け取り続けなさい」と教えて頂きました。これがわたしの救いの時だったのです。この時に、私はイエス様の十字架の死と復活を信じることで、自分の罪が全て赦されて、父なる神様と和解をし、永遠のいのちを頂いたという確信をもちました。私はしばらく涙が止まらず、神様の愛に感動したのを今でもはっきりと覚えています。
私が教会に来たキッカケ

私が救いの確信をいただき、洗礼を受けたのは約14年前のことです。経緯をキャンプの中で、奉仕する立場になってからお証しさせていただいたことがありますが、簡潔な内容だったので、今回改めて自分の原点を思い起こす時となりました。まだ、この会堂が建つ前でしたが、初めて服部喜望教会に来たのは、小学1年生のクリスマスでした。当時のことをご存じの方は、今でも時々「あのクリスマスのことはよく覚えている。雨が降って肌寒い日だった。3姉妹だったからとても印象に残っているよ。」と話してくださいます。私も断片的にですが覚えています。
クリスチャンでしたが、結婚や出産などを機に教会を離れていた母と私たち3姉妹の教会生活がそこから始まりました。父はノンクリスチャンですが、教会に行くことに対して、止めたり、否定されることはありませんでした。時々、家族で団らんしている時に妹と口喧嘩になったりすると「教会では何を習ってんねんや?」と少しドキッとするようなセリフを言われたことはあります。それでも、静かに毎週教会に行くことを見守り、時には送迎もしてくれたことを思うと、とても恵まれた環境だったのだと今になって感じます。
毎週喜んで教会学校に通い、聖書のお話を聴くことは習慣になっていきました。小学校高学年になると、分級の時間に信仰の話を先生と1対1ですることもありました。洗礼についても何度か聞かれました。イエスさまのことは信じているけど今すぐ受けたいという気持ちは持てませんでした。中学生になり、部活は2つ掛け持ちしていましたが、土日は休みの部活だったので私は変わらず教会学校に通っていました。その年の夏、初めて大阪教区の中高生バイブルキャンプに参加しました。3泊4日という長期間でしたが、私は教会関係以外のキャンプは結構参加したことがあったのと、長谷川先生ご一家が一緒だったので何の不安もなく参加することができました。キャンプでは日常を離れた自然の中で、たくさんのみことばに触れ、まさに恵みのシャワーに満たされているような感覚でした。
自分の中で衝撃的だったことは、歳の近い青年バンドの演奏、リードで讃美することでした。ワーシップソングも初めてで、とても新鮮でした。ワーシップソングはなじみのある言葉でつづられ、心にダイレクトに響くものや、今の自分を代弁していると感じる曲もたくさんありました。そして、初めてのキャンプでもう1つ大きかったことは、信仰の友が与えられたことでした。キャンプが終わってからは、文通をしていました。何か不安なことなどあると、お互いに祈りの課題として挙げ、祈りでつながることのできる喜び、心強さを感じました。
翌年、中学2年生の夏、再びキャンプに参加する恵みが与えられました。その時の講師であった篠原利治先生を通して神さまは強く働きかけてくださいました。篠原先生は自分と同じぐらいの中高生とのかかわり、またそのかかわりの中で神さまがどのように現れてくださったのかという経験をいくつも、熱く語られました。話に登場する若者の多くは、様々な環境の中でもがき、苦しみ、生きることに希望を持てなかったり、自分をないがしろにするような道を選ぼうとしていました。愛を知らない、愛された経験のない中高生たちが、篠原先生を通して神さまの愛に触れた時、それぞれが変えられていきました。闇の中から新しい人生へと導かれていきました。
篠原先生は、全て自分がしたことではなく、神さまによるものだと話されました。私はその話を聴いた時、本当に神さまはいるのだと初めて強く感じました。聖書のお話はたくさん聴いてきました。イエスさまのなさった数々の奇跡も、十字架のできごとも、復活も何の疑いも持たず受け止めていました。しかし、それは知っているつもりだったのかもしれないと思いました。昔から本が大好きで、物語をたくさん読んでいたので物語の1つのように捉えていたのかもしれません。キャンプの中で、何度も神さまは私に語り掛けられました。神さまはこんな小さな私の名前を呼び、愛してくださって、他の誰でもない私のためにイエスさまは十字架にかかってくださったのだということを信じる心が与えられました。頭で理解していたつもりだったものがすとんと腑に落ちたような感覚でした。その時にワーシップソング「あなたのために」を歌いました。こみ上げてくるものがあり、途中から歌えなくなりました。
『あなたのために死んだ人がいる』『キリストが十字架で死んだのはあなたを愛してるから、救うため、あなたが生きるため』という歌詞から、イエスさまの十字架を自分のこととして受け止めました。キャンプファイヤーの時には、マタイの「人間をとる漁師にしてあげよう。」の箇所からメッセージがありました。何事にも最初はできるかなと考えたり、消極的になりがちな私ですが、このイエスさまの招きに素直についていきたいと思わされました。キャンプ最終日、救いの確信を持ったか、また受洗の招きにあずかるかという問いかけに対して迷いなく手を挙げていました。グループの先生と罪について、救いについて、聖書に約束されている箇所を読み、祈りました。
「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠の命である。」ローマ6章23節
「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しい方であるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめてくださる。」Ⅰヨハネ1章9節
「すなわち、自分の口でイエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。」ローマ10章9節
この時初めて、見て見ぬふりをしていた自分の罪と向き合いました。その年の12月、妹、妹の同級生と5人で受洗しました。バイブルキャンプへの参加は自分の選択と思っていたけど、それも神さまの招き、導きによるものでした。私がまだ教会も神さまの存在も知らない時から私を捉え、呼びかけてくださっていたイエスさまの救いの道は本当に大きな恵みであり、かけがえのないものです。
洗礼を受け、新しい歩みを始めてからも何度もつまづきがありました。世間の誘惑にもなびいてしまうし、周りの人を愛せない、許せないこともあります。人とすぐ比べてしまって自分はダメだなという思いに駆られることもあります。でもその度にイエス様は「あなたは高価で尊い」「ありのままで大丈夫」「いつも側にいるよ、決して見放すことはない」と励まし、支え、導いてくださいます。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」ヨハネ15章12節
私を選んでくださった主により頼みつつ共に歩む者とさせていただきたいです。

私が初めて教会へ行くきっかけとなったのは、4歳年上の姉がキリスト教の高校へ通うようになったことでした。キリスト教というものに触れたこともなく、当然何もわからないまま、ただ何となく行ってみようか…というのが始まりでした。何も知らない分、特別抵抗もなく足を運んでいたように思います。聖書の話を聞いても、それが自分と関わりのある事とは思えず、遠い昔のおとぎ話のような感覚で聴いていたのかも知れません。
小学6年生の1年間は教会に行ったり行かなかったりの生活を続けていました。その後、中学生になり、部活や勉強で忙しくなって、自然と教会から足が遠のき、中学、高校の6年間は殆ど教会に行くことはありませんでした。またキリスト教や神様について考える事もなかったと思います。そんな私が再び教会に導かれるようになったのは、高校卒業後、看護学校に通う事が決まった事でした。卒業後の進路が決まり、希望に溢れているはずなのに、私の中には漠然とした不安がありました。
それは就職して誰かと結婚して幸せになったとしても、自分はいずれは死んでしまう存在なんだという不安です。そんな思いの中、もう一度教会に行きたいと思うようになり、姉が紹介してくれたのが服部喜望教会でした。6年生の頃とは違い、今度は自分自身の事として神様を求めるようになり、19歳のクリスマスに洗礼を受けました。あれから30年以上もの間、神様を無視して自分の思いで突っ走り、人を傷つけたり苦しめたりすることがありました。しかし、こんな私をも赦して愛して下さっている神様に祈り、再び歩ませて頂く事の繰り返しでここまでこれたように思います。多くの喜びや試練の中で神様はいつも私の傍らにいて下さり、常に最善の道を備えて下さっていたと思います。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えるようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈りを聞く。」(エレミヤ29章11~12節)
